2009年06月30日

1973年8月から1976年まで続いた林彪と孔子

1973年8月から1976年まで続いた林彪と孔子及び儒教を否定し、罵倒する運動。中国の思想のうち、法家を善とし儒家を悪とし、孔子は極悪非道の人間とされ、その教えは封建的とされ、林彪はそれを復活しようとした人間であるとする。こうした儒法闘争と呼ばれる歴史観に基づいて中国の歴史人物の再評価も行われ、以下のように善悪を分けた(以下には竹内実『現代中国における古典の再評価とその流れ』により主要人物を挙げる)。
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善人
少正卯、呉起、商鞅、韓非、荀況、李斯、秦の始皇帝、前漢の高祖・文帝・景帝、曹操、諸葛亮、武則天、王安石、李贄(李卓吾)、毛沢東ら。
悪人
孔子、孟子、司馬光、朱熹ら。
この運動は、後に判明したところによれば、孔子になぞらえて周恩来を引きずり下ろそうとする四人組側のもくろみで行われたものであり、学者も多数孔子批判を行ったが、主張の学問的価値は乏しく、日本の学界では否定的な意見が強く、同調したのはわずかな学者に止まった。武則天が善人の中に入っているのは江青が自らを武則天になぞらえ、女帝として毛沢東の後継者たらんとしていたからだといわれる。

司馬遼太郎が行った現地リポートによれば、子供に孔子のゴム人形を鉄砲で撃たせたりもしていたという。

2009年06月12日

人と人とのお互いの主観のあいだで共有される

人と人とのお互いの主観のあいだで共有される心的現実を間主観的現実(intersubjective reality)といい、それを成り立たせているもとになるものを間主観性(Intersubjectivity)という。ストロロウは間主観性から継続的共感などの治療機序を導き出し、スターンは主観的自己感における共同情動を明らかにするなど、現代の精神分析の臨床的な研究において最も重要な概念の一つとなっている。

事後性 [編集]
精神分析的な治療を成り立たせる重要な概念の一つ。
ある出来事を経験したとき、まだその経験の意味を味わうだけの心の準備が整っていないために、そのとき同時的にはその経験の意味を理解できないことが多い。しかし後になって、その意味を咀嚼する力が培われてきて、過去の出来事の意味を理解することができる。これを遡行作用(deferred action)と呼ぶが、これを可能にしている、さかのぼって過去の出来事の意味を理解する心の作用を事後性(独:Nachtraglichkeit)という。これなしでは、自由連想法その他で過去の回想をおこなっても、なんら治療的な力にならない。

甘え [編集]
土居健郎によって精神分析的な概念として提起され、精神依存とは区別されるものとして推敲されつつ今日に到っている。乳幼児の母親に対する愛着は、人間である限り文化の違いを超えて存在する普遍的現象であるが、日本社会のなかで大人のあいだに見られる甘え(amae)は、それとは異なる人間関係の一形態であり、文化論である。

両価性 [編集]
同一の対象に対して、愛情と憎しみなど対極的な情緒や態度を示す心的体験を両価性/アンビバレンス(ambivalence)という。ブロイアーは今日でいう統合失調症の心性をあらわす語として用いたが、フロイトは神経症や正常な人の情緒のあり方にも使用範囲を広げ、いまでも後者の用い方が一般化している。

生の本能・死の本能 [編集]
第一次世界大戦によってヨーロッパが壊滅的な破壊を経験されたのを目撃したフロイトは、なぜ人間が自らの種族保存に不利なはずの戦争のような行為をおこなうのか、ということに興味を持った。その結論として1920年、『快原理の彼岸』(旧訳語では『快楽原則の彼岸』。独: Jenseits des Lustprinzips)において、それまでの性の本能・自己保存本能の二元論から、生の本能(エロス:Eros)・死の本能(タナトス:Thanatos)の二元論へと転回した。
人間を含め生物はすべて、生の本能によっていっけん物事を作り出し、建設していくかにみえるが、その深層はつねに、それをぶち壊し無に回帰していこうとする死の本能に裏打ちされている。人間という種においては、いわゆる文明が、人間を人間たらしめる創造と破壊の対象である。
臨床的には、死の本能は反復強迫、陰性の治療反応、道徳的マゾヒズムなどのかたちで現れる。
ボディビルディング
芸術
原子力工学
グラフィックデザイン
楽譜
インダストリアルデザイン
太陽系
マラソン
風水
北海道
肥満
インディアカ
核医学
ゴルフ
性行為感染症
ポリマー
デング熱
電子工学
色素性乾皮症
農業工学

心的外傷 [編集]
その個体が心的に耐えられないほどの破壊や侵襲を受け、そのために生じた心的機能の破綻が、長いあいだ修復されることなく、その結果さまざまな悪影響を心身に色濃く残す場合、破壊や侵襲のもととなった出来事を個体にとっての心的外傷(トラウマ:Trauma)という。
犯罪や災害などに遭遇したときに起こる一回性外傷と、虐待的な家庭や環境(軍隊など)にずっといたことによる起こる累積性外傷とに大別される。心的外傷によって末永く個体に残る負の症状群を心的外傷後ストレス症候群(PTSD)という。
フロイトの初期の治療活動では、心的外傷はおおいに注目されていたが、やがて『夢判断』以降には、「こんなに外傷を受けた患者が多いわけがない。これはクライエントの幻想である」といったふうに、フロイトのなかで外傷概念に対する後退が起こった。ジャネが心的外傷の研究を続けたものの、1930年代は精神医学界を含めて、総じて心的外傷というものを集団否認している時代であった。やがて、第二次世界大戦やインドシナ戦争から帰還した兵士たちが戦争後ストレス症候群(ASD)などの症状を呈するにいたり、ふたたび心的外傷の研究が行なわれるようになっていった。

疾病利得 [編集]
病いであることから得られる利益。フロイトによれば、心的な苦痛を回避するために内的葛藤を抑圧し、その結果神経症のような症状へ逃避する第一次疾病利得(primary gain)と、疾病であることで周囲の者や社会から得られる同情・慰め・補償などを得る第二次疾病利得(secondary gain)とに分けられる。
精神療法では、これら疾病利得に由来する抵抗を解決し、患者の自我がふたたび現実に立ち戻れるようにすることが治療目標とされる。

心的決定論 [編集]
フロイトの「心の現象は、しべて無意識の心的な法則にしたがっている」という主張を心的決定論(psychic determinism)といい、これをもとに神経症、夢、失錯行為などの無意識の中での意味が明らかにされていった。

2009年06月08日

北海道という呼称は、1869年7月の開拓使設置に

「北海道」という呼称は、1869年7月の開拓使設置に先立って「松前地」および「蝦夷地」と呼ばれた地域を改称し、11国86郡を設置したのに始まる。これは律令制の下で68の国を五畿七道に区分した用法と整合する。渡島国の一部については廃藩置県で成立した館県が弘前県に吸収・青森県の一部となっていたが後に開拓使に移管。1882年に開拓使が廃止されて道内を三分する函館県・札幌県・根室県の3県が設置されたが、1886年に廃止され「北海道庁」が設置された。
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当時、北海道庁の管轄域を「北海道」と呼んだが、「北海道」は単なる地域呼称・地方名であり、現在のような「道」という自治体名ではない(内地編入された樺太における樺太庁の命名法と共通する)。従って、地方行政官庁として他の府県と並列するときには「庁府県」という表現が用いられた。

北海道庁官制(明治19年 勅令第83号(後に全面改正))によって北海道庁長官を他府県の知事に当たる官職とした。1901年、北海道会法(明治34年 法律第2号)および北海道地方費法(明治34年 法律第3号)が公布されて議会が設置され、「北海道地方費」という名称の法人格を持つ地方自治体となった。なお、北海道会は府県会と比べて議会の権限は狭かった。その後、樺太(共通法1条2項では内地に含まれた)における法令上の特例が廃止され、新たに樺太庁が正式に加わり2庁となった。

戦後、1946年9月の府県制改正に伴って、北海道会法と北海道地方費法が廃止されて府県制に統合され、同法は道府県制と改称された。この改正法の附則の規定により従来北海道地方費と呼んできた自治体を「道」と呼ぶものとされた。1947年5月3日の地方自治法施行とともに、北海道庁官制も廃止され、地方行政官庁であった北海道庁も、普通地方公共団体の一つである「北海道」となった。

2009年04月24日

地球軌道要素の変化

地球軌道要素は長期にわたる氷河期では大きな原因とはならないが、現在の氷河期の中で交互に起こっている凍結と溶解の繰り返しのパターンを支配しているように見える。地球軌道とアルベドの変化の複雑なパターンによって、氷期と間氷期の二つのフェーズが起こるようである。
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氷河期については現在の氷河期、特に最近40万年間について詳しく研究され理解が進んでいる。最近40万年のデータは、大気組成や気温、氷床量の指標が記録されている氷床コアの分析から得ることができるからである。この期間は氷期/間氷期の繰り返しがミランコビッチの提唱した周期(ミランコビッチ・サイクル)とよく呼応しているので、その説明として軌道要素が一般的に受け入れられている。太陽からの距離の変化(軌道離心率)、地軸の歳差運動、地軸の傾き(傾斜角)が複合して、地球が受ける日射量の変化に影響を与えている。特に重要なのは季節性に強い影響を与える地軸の傾きの変化である。たとえば、北緯65度における7月の太陽光の入射量は計算によれば最大で25%(1平方m当たり400Wから500W)変化するとされている([2]のグラフ参照)。夏が涼しい時、前の冬に積もった雪が溶けにくくなるので氷床は前進するというのは広く考えられていることである。日射量のわずかな変化は「前の冬の雪が完全に溶解する夏」と「次の冬まで溶けずに残る夏」の間のバランスを調節する。何人かの研究者は、軌道要素は氷期の開始の引き金になるには弱過ぎるとしているが、二酸化炭素のようなフィードバック機構でそれは説明できる。

ミランコビッチ説の問題点
ミランコビッチ周期は、地球軌道パラメーターの周期的な変化が氷河作用の記録に表現されているであろうと予言したが、氷期/間氷期の交代にどのサイクルがもっとも重要であるのかについては更なる説明が求められている。特に過去80万年の間、氷期/間氷期が繰り返す周期は10万年が支配的であり、これは地球軌道要素の離心率と軌道傾斜角の変化に対応しているが、ミランコビッチに予言された3つの周期の中でははるかにもっとも弱いものである。300万年前?80万年前までの間、氷河作用の支配的なパターンは、地軸の傾き(傾斜角)の変動の4万1000年周期に対応していた。一つの周期が他のものより卓越する理由はまだ理解されておらず、現在重点的に研究が行われている分野であるが、その回答は、おそらく地球の気候システムの中で起こる共鳴現象と関係すると予想される。

2009年04月07日

ムジカ・ポプラール・ブラジレイラ

ムジカ・ポプラール・ブラジレイラ(Música Popular Brasileira, MPB (エミ・ペー・ベー))とは、ブラジルの音楽形式(ジャンル)の1つで、英語的に言うと「ブラジリアン・ポピュラー・ミュージック」の意。

主に、1960年代後半、ボサノヴァ誕生以降の、ブラジルのポピュラー音楽をさす。ロック(ホッキ)など若者への訴求力の強い現代的な音楽が、当時流行していたTV音楽番組を通じてマスに流布したためこう呼ばれた。

概容 [編集]
初期のMPBは、当時世界的に流行したロックのブラジル的受容であり、ボサノヴァなど1950年代後半~1960年代前半にブラジル音楽の主流を成していたヨーロッパ白人中心主義の象徴とみなしうる都会的洗練や知性などへのアンチテーゼとして、エレキギターの刺激的なサウンドが若者の衝動を刺激した。しかし、既にブラジルのアイデンティティとなっていたサンバなどのサウンドや技法は受け継がれ、ロックンロールなどの要素にブラジル的な感性や伝統音楽を融合した様々なスタイルが形成された。

「反戦」-「ロック」-「ヒッピー」と繋がる世界的な音楽的流行がブラジルに伝わり、いち早く反応したカエターノ・ヴェローゾ、ジルベルト・ジルなどの若い音楽家たちが主導するトロピカリズモ運動がMPBの発祥であるとされる。

運動は、「ロック」的思想の受容であるとともに当初から脱植民地化、そしてブラジル的アイデンティティの確立という思想を内包し、伝統的な音楽リズムと現代的な音楽の融合が積極的に図られた。そのため、MPBとはロックを中心としながらも、広義には1960年代以降の音楽で流行したもののほぼすべてがこのジャンル名で括られることになる。

なお、アメリカやイタリア、スペイン、フランスなど世界的には、MPBもラテン・ポップのカテゴリー(範疇)に含まれると解される。しかし日本国内においては、ラテン・ポップといえばスペイン語圏の音楽に限られ、南米で唯一ポルトガル語圏であるブラジルのポピュラー音楽を含めないとする見方も多い。

サイコ チューブ イニシャ コムデ ティーチ カクレミノ ビヨウ クロの景色 シェード テスト プラコ ノーヒッタ チャンピ シンタ シンパシー ジストニア カオリン リール ハイラ ガーター バブリ アセロ ダガナ くしがき ヒロイズム マジック さじ日本 テスラコイ ナイトツア トリップ でぃるは パーゴラ あせろら ファルス オーバ オーソラ ネイリ ビルジ マッチ ライト トスト チっつぐ ジャカー 真実の泉 フレッシ ミゼット レーション ケルシ 無情 ブーツ

2009年03月23日

名鉄1600系電車

1600系電車(1600けいでんしゃ)は、かつて名古屋鉄道で運転されていた特急形車両である。1000系と同様に「パノラマsuper」の車両愛称を持っていたが、その車体構造は1000系とは大きく異なっていた。

2008年に3両編成のうち2両は改造され、2200系一般車と同型の車両(2300系)を組み合わせて、一部特別車固定編成として1700 - 2300系の6両組成とされ、同年12月26日より営業運転を開始した。本項では、その編成の特別車である1700系電車と、一般車である2300系電車についても説明する。

1999年(平成11年)
5月10日 - 座席指定席の特急用であった7000系白帯車の置き換え用として営業運転を開始。
2008年(平成20年)
6月28日 - ダイヤ改正で1600系の定期営業運転を終了。
7月13日 - 三河線にて1600系としてのさよなら運転が実施される[1]。猿投駅構内の検車場を出庫し、豊田市駅で乗客を乗せて土橋 - 知立間を2往復し、再び豊田市駅に戻って最後の客扱いを行い、猿投駅に戻るという行程であった。三河線で本系列が営業運転されたのはこれが唯一の事例である。土橋駅では撮影会および運転台見学会も開催される。なお、運転時には「パノラマSuper」に代わって「1600系 Last Run 3両運転」と表記された特製愛称板が装着される。
8月17日深夜 - 8月18日早朝 - 舞木定期検査場から大江駅まで廃車回送が実施され、その後ク1600形4両は解体工場へ陸送される[2]。
8月21日 - 旧1601Fのモ1701とサ1651が塗色変更を終える。
10月28日 - 一般車2300系が甲種輸送される。
10月30日・31日 - 舞木定期検査場で2300系と1700系を連結。同検査場内で試運転を実施。その後11月中に2編成の連結作業が終了。
11月11日 - 本線試運転を開始。
11月16日 - 1701 - 2331Fが猿投駅に回送される。
11月29日 - 1702 - 2332Fが犬山線布袋駅構内の留置線に回送される。
12月2日 - 1703 - 2333Fを舞木定期検査場で報道陣に公開。「リサイクル車両」であることがアピールされる。
12月8日 - 1704 - 2334Fが土橋駅構内の留置線に回送される。
12月13日 - 1701 - 2331Fが土橋駅へ、1704 - 2334Fが猿投駅に入れ替えという形で、機能維持運転が行われる。
12月20日 - 再び互いの留置場所を入れ替える形で機能維持運転が行われる。
12月26日 - 1700 - 2300系の「一部特別車」6両編成として、翌日のダイヤ改正を待たずに営業運転を開始。
いしゅく モルゲン ソニック サシン プラウザー チャプ ノビル すいたい イルク トンブ じゅんさい エンジンシ テクニ クロス リーファ 青皮栗 きんし リターン ラリマール セリバシー ステンド トローク モーグル イヌツゲ リズム バスタブ スペース たまねぎ SEOハツ アオクサ ショット アップ オートモ ファイト リケッチア ぬく森 吾亦紅 ビリンビン ガロン ハナズオウ シェー シュピ へいどん ゲーター カレッジ レジデ カヌー マウンテン はなさか ハハコ

運用 [編集]
快速特急・特急が主体で、2200系との共通運用である。

快急以下の運用に入る場合、特別車はドアカットの上締め切りの非営業扱いとされる。

なお、豊橋・中部国際空港方先頭車である1号車の車両長が2200系より少し長くなっている。そのため、名鉄名古屋駅では豊橋・中部国際空港行きなどの先頭停止位置を2200系に合わせている関係上一般車の扉位置がわずかに異なっている。

2008年12月27日ダイヤ改正後の運用路線

名古屋本線:全線
豊川線:全線(平日朝の1往復)
常滑線・空港線:全線
河和線:全線
犬山線:全線
広見線:犬山 - 新可児間
津島線:全線(平日のみ)
尾西線:津島 → 佐屋間(平日のみ)

2009年03月07日

リトルロック (軽巡洋艦)

リトルロック(USS Little Rock, CL-92/CLG-4/CG-4)は、アメリカ海軍の軽巡洋艦。クリーブランド級軽巡洋艦の21番艦。後にミサイル巡洋艦へ改装され、ガルベストン級ミサイル巡洋艦の2番艦となる。艦名はアーカンソー州リトルロックに因む。

艦歴
リトルロックは1943年3月6日にペンシルバニア州フィラデルフィアのクランプ造船株式会社で起工し、1944年8月27日にサム・ワッセル夫人により進水、1945年6月17日にW・E・ミラー艦長の指揮下就役する。

キューバ沖での整調及び西海岸沿いの訓練の後に、リトルロックはロードアイランド州ニューポートを10月21日に出港し南アメリカに向かう。続く5ヶ月間をラテンアメリカ諸国の巡航に費やし、1946年3月23日にノーフォークに帰還する。その後東海岸沖およびカリブ海で訓練を行い、6月4日にヨーロッパへ向けて出航、その夏は第6艦隊と共に作戦活動に従事し、1946年9月27日にノーフォークに帰還する。

1946年9月から1949年までリトルロックは東海岸での演習、カリブ海での作戦活動および艦隊訓練を行い、1947年から48年にかけて地中海への巡航を行った。リトルロックは1949年6月24日に予備役となり、ニューヨークの大西洋予備役艦隊入りする。

リトルロックは1957年5月23日に CLG-4 と艦種変更され、ガルヴェストン級ミサイル巡洋艦への転換が始められた。転換作業では後部6インチ主砲塔のタロス・ミサイルランチャーとの交換が行われた。作業が完了するとフィラデルフィアで1960年6月3日にJ・O・フィリップス艦長の指揮下再就役する。リトルロックはカリブ海で整調訓練を行い、タロス・ミサイルの発射試験を行う。リトルロックは急速に拡大する海軍の艦隊において、誘導ミサイルで核攻撃が行える艦としての役割を担うこととなった。

リトルロックは1961年2月9日にフィラデルフィアを出航、新たな任務の下ヨーロッパへ向かう。6ヶ月間にわたって第6艦隊およびNATO軍の艦隊と共に作戦活動に従事し、9月にノーフォークに帰還する。

カリブ海での活動中の1961年11月18日、リトルロックはサントドミンゴ沖へ派遣される。トルヒーヨ大統領の暗殺に伴い政情が不安定化したドミニカ共和国に対して支援を行う。

その後4年に渡ってリトルロックは毎年地中海への巡航を行い、第6艦隊と共に行動し1962年には艦隊旗艦となる。地中海での任務と任務の間にリトルロックは東海岸、カリブ海で活動し、北部ヨーロッパではNATO軍部隊と行動した。

東海岸での訓練の後、1966年にはオーバーホールと回復訓練を行い、1967年1月に地中海での任務に復帰、1969年まで継続する。1969年から70年にかけて艦隊旗艦任務に就き、イタリアのガエッタを母港として地中海の多くの港を訪問する。
ネオコ ダーリン ビザン じゅうも リューマ しゃかとう バウン シミュ クロレ スクウィ チンキキ バニリン ドレミ 喜びの泉 レプトン デニン プレス インビボ 太陽の記憶 スイーター スリーパー タイア レジャ リアシ リッター パール ブース ミクロ シネマイ ハーフ ブラック ゼニア シャンペン ひだまり ユーラ オービ キシロ みそぎ パドバ 太秋柿 ガールフ カーボン ケルベ ステゴドン プロト セラピー ショーウ サーチリス ラフト ラゲージ

1970年中頃の訓練時にリトルロックはギリシャ海軍の駆逐艦と衝突事故を起こす。この事故で艦首部分を破損するが、マルタ島で応急修理が行われた。9月に本国に帰還し、ボストン海軍造船所で1970年11月から1971年の春まで本格修理が行われた。修理が完了すると回復訓練の後、第6艦隊の旗艦任務に復帰する。

1975年6月3日にはスエズ運河の再開通記念式典に参加し、記念パレードでは3列目に位置、ポートサイドからイスマイリアまで巡航し、アメリカ合衆国のエジプトおよび中東の平和への関与を示した。運河を通過するとアレクサンドリアを訪問する。その後地中海を横断し、ユーゴスラビアのドゥブロヴニクを訪問した。

2009年02月19日

スタートレックに登場した宇宙船のクラス一覧

惑星連邦(宇宙艦隊)以前の地球
DY-100級 DY-100 class
ボタニー・ベイ S.S.Botany Bay
NX級 NX class
エンタープライズ Enterprise NX-01
コロンビア Columbia NX-02
鏡像世界に存在
I.S.S.エンタープライズ I.S.S.Enterprise NX-01
I.S.S.アベンジャー I.S.S.Avenger NX-09
SS コネストーガ SS Conestoga
テラ・ノヴァへの植民船
フェニックス The Phoenix
ゼフラム・コクレーンのワープ実験船
クラス不明
イントレピッドタイプ Intrepid type
サラエボタイプ Sarajevo type
フィーバー プレイン ニソガラ てっさく ヒット ロイター 花いちもん スダコタ まんば 甘露国内 ダウト 茜色の約束 イコン デジポ 田園列車 ライプチヒ スキャ ジンビター ププス セレナーデ チガヤ ジャスト ドライカ サンカ デッド 場春夢 スーパー カジスカ ピアサポト マンボウ モンド クロミッド タロミクス せっせっせ レーン ナイト いまさく リース あずきいろ カートリ チューハ レビュ フィン ふすまえ シャブシ カーソル ベロニカ キャリ バビロニ キャラ

惑星連邦(宇宙艦隊)
アキラ級 Akira class
アポロ級 Apollo class
アンタレス級 Antares class
アンドロメダ級 Andromeda class
アンバサダー級 Ambassador class
U.S.S.エンタープライズ NCC-1701-C
イエローストーン級 Yellowstone class
イェーガー級 Yeager class
イスタンブル級 Istanbul class
イントレピッド級 Intrepid class
U.S.S.ヴォイジャー NCC-74656
ウェルズ級 Wells class
ウォンバンドゥ級 Wambundu class
エクセルシオール級 Excelsior class
U.S.S.エクセルシオール NX-2000、後にNCC-2000
U.S.S.エンタープライズ NCC-1701-B
エレウォン級 Erewhon class
オーベルト級 Oberth class
U.S.S.グリソム NCC-638
オリンピック級 Olympic class
ホープ級の誤り。ホープ級を参照。
キメラ級 Chimera class
ギャラクシー級 Galaxy class
U.S.S.ヤマト NCC-71807(初期設定ではNCC-1305-E)
U.S.S.エンタープライズ NCC-1701-D
U.S.S.オデッセイ NCC-71832
U.S.S.チャレンジャー NCC-71099
コロレフ級 Korolev class
コンスティテューション級 Constitution class
U.S.S.エンタープライズ NCC-1701
U.S.S.エンタープライズ NCC-1701-A
コンステレーション級 Constellation class
U.S.S.スターゲイザー NCC-2893
サラディン級 Saladin class
シドニー級 Sydney class
U.S.S.ジェノーラン NCC-2010
シャイアン級 Cheyenne class
※チェイエンヌ級と表記されることもある。
各種シャトル
シャトルクラフト Shuttlecraft
シャトルポッド Shuttlepod
スチームランナー級 Steamrunner class
スプリングフィールド級 Springfield class
スラク級 Surak class
セイバー級 Saber class(Sabre classとも)
セコイア級 Sequoia class
ソヴェリン級 Sovereign class
  ※「ソブレイン級」と書かれている本もあるが発音は「ソヴェリン」である


U.S.S.エンタープライズ NCC-1701-E
ゾディアック級 Zodiac class
ソユーズ級 Soyuz class
ミランダ級の類型。
ダイダロス級 Daedalus class
U.S.S.ホライズン(ホライゾン) NCC-176
チャレンジャー級 Challenger class
ディファイアント級 Defiant class
U.S.S.ディファイアント NX-74205
デネヴァ級 Deneva class
デルタ・フライヤー  Delta Flyer
ドナウ級 Danube class Runabout
ナイアガラ級 Niagara class
ニューオーリンズ級 New Orleans class
ネビュラ級 Nebula class
ノヴァ級 Nova class
ノルウェー級 Norway class
ブラッドベリ級 Bradbury class
フリーダム級 Freedom class
プロメテウス級 Prometheus class
U.S.S.プロメテウス NCC-59650
ペレグリン級 Peregrine class
ホープ級 Hope class
U.S.S.パスツール NCC-58925(NCC-58928の説もあり)
ホクレア級 Hokule'a class
ミランダ級 Miranda class
U.S.S.リライアント NCC-1864
メディテレーニアン級 Mediterranean class
メルセド級 Merced class
ヨークシャー級 Yorkshire class
ライジェル級 Rigel class
ルナ級 Luna class
ルネサンス級 Renaissance class

注記
船名の前についているU.S.S.は、「惑星連邦宇宙艦(United Federation of Planets Star Ship)」の略である。
船籍番号の前についているNXは試作艦を、NCCは正式に就役した艦を表している。
惑星連邦の宇宙船は例外を除いてそのほとんどが宇宙探査船に分類されているが、任務はその他多岐にわたるため、ほとんどが戦闘艦クラスの武装を備えている。
『スタートレック:エンタープライズ』に登場するエンタープライズ NX-01は、宇宙艦隊が設立される以前に就役した艦船であるため、宇宙艦隊のクラス体系には含まれない。ただ、試作艦の登録番号に接頭辞NXをつけるのはこの頃始まった慣習と見られる。

クリンゴン帝国
ヴォルチャ級 Vor'cha class
クヴォート級バード・オブ・プレイ K'vort class
クティンガ級 K't'inga class
ブレル級バード・オブ・プレイ B'rel class

ロミュラン帝国
ディーダリデクス級ウォーバード D'deridex class
スカウトシップ Scout ship

カーデシア連合
ガロア級 Galor class
ヒデキ級 Hideki class

フェレンギ同盟
デコラ級 D'kora class
通称:マローダー Marauder

ボーグ
ボーグ・キューブ Borg cube
ボーグ・スフィア Borg sphere

2009年02月03日

武蔵平一揆(むさしへいいっき)

武蔵平一揆(むさしへいいっき)は、南北朝時代の代表的な国人一揆のひとつ。秩父平氏河越直重を中心とした、武蔵国の国人一揆。
もしくは武蔵平一揆が武蔵国で関東管領上杉憲顕に対して起こした反乱(武蔵平一揆の乱)。
平一揆は武蔵国・相模国・伊豆国を中心とした国人一揆である。平安時代からの在庁官人である武蔵国の秩父氏一族、相模国の中村氏一族、その他常陸国・上野国の平氏などが血縁を軸に集結した。さらに地縁によって地元の武士も参加することで、大兵力を動員することができた。代表的な人物としては、河越直重や高坂信重が挙げられる。
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東国における有力な「尊氏」派であり、足利尊氏や鎌倉公方足利基氏、関東管領畠山国清の直轄部隊だった。畠山国清は秩父氏の遠縁にあたり懇意だった。畠山国清の失脚後も関東管領上杉憲顕などの旧「直義派」を抑え、武蔵国・相模国・伊豆国を直轄支配する為に、高坂信重が重用された。

1352年(正平7年/文和元年) - 武蔵野合戦に参加。
1353年(正平8年/文和2年) - 入間川御所開設。足利基氏の親衛隊を務める。同年、河越直重が相模国守護職に就任する。
1359年(正平14年/延文4年) - 畠山国清に従い上洛。摂津国天王寺で仁木義長を破る。
1362年(正平17年/康安2年) - 畠山国清の乱を討伐。

武蔵平一揆の乱
足利基氏の下で復活した、旧「直義派」の巻き返しは激しかった。河越直重は相模国守護職から解任。高坂氏も伊豆国守護職の地位を脅かされた。平一揆以外でも宇都宮氏綱が上野・越後国守護職を剥奪された。

貞治6年/正平22年(1367年)、鎌倉公方足利基氏と室町幕府将軍足利義詮が相次いで死去。平一揆は後ろ盾を失った。

応安元年(1368年)2月25日、上杉憲顕が上洛した隙を狙い、武蔵国の平一揆が蜂起。河越直重を大将に、一族の高坂信重や江戸氏・高山氏・古屋谷氏。村山党の仙波氏・山口高清・金子家祐など地元の武士が、居城の河越館に篭り、江戸牛島(現墨田区)には別働隊を置いた。これにより、秩父氏一族が支配する入間川(現荒川)を河越から江戸まで封鎖し、鎌倉街道を寸断。鎌倉府と上杉憲顕の本拠地上野国の交通を絶った物と推定される。これに乗じて下野国では宇都宮氏綱が、越後国では南朝の新田義宗や脇屋義治が挙兵した。一方、相模国の平一揆は上杉方についた。

上杉憲顕はすぐには帰京せず、政治工作を進め、幕府を味方に付けた。上杉朝房は当時10歳という幼少の足利氏満を擁して河越に出陣。武田氏・葛山氏の軍勢の動員もあり、同年6月17日の河越合戦で反乱は鎮圧された。

河越直重らは南朝の北畠顕能を頼って伊勢国へと敗走し、領地は没収。その他の参加者も領地を減らされた。一方、ライバルを倒し鎌倉公方の直轄領をも支配下に収めた上杉氏は、圧倒的な力を持つようになった。

2009年01月20日

茶道の実践

茶道とは客を茶でもてなすことであり、その実践には多様な形態がある。茶道をたしなむ人が来客の際、ポットや茶盆を用いて薄茶を点てるといったものはもっとも簡略かつ日常的なことであるが、より様式化されたもてなしの形として、茶事および大寄せ茶会があげられる。

茶事とは少人数のあらかじめ決められた客を対象にして個人が行う茶会であり、亭主は茶室を花や掛物で飾り、炭手前、懐石、濃茶および薄茶の点前により客をもてなす。招待客は最大5名程度までであり、3時間?5時間程度を要する。昼食として懐石を供してから茶をふるまう正午の茶事が最も基本的な形であるが、趣向によって朝・夜などの時間帯の茶事も行われ、また客が食事をすませた後の時間帯にもてなすこともある(飯後の茶事。食事はごく簡素なものとするか省略する)。趣向によって、屋外を茶室に見立てる野点(のだて)や、テーブル・椅子を用いる立礼(りゅうれい)の茶事も行われる。

大寄せ茶会とは、多数の客を対象にして行う茶会である。炭手前・懐石は通常省略され、道具の拝見を省略することも多い。所要時間は1席当たり1時間程度であり、複数の茶席を設けて並行してもてなすこともある。

中国の茶芸(工夫茶)
中国では、茶の作法を「茶芸」という。今日、日本で行われている中国茶の淹れ方は、福建・広東で発祥した形式である「工夫茶(功夫茶)」である。工夫茶は、もともと烏龍茶の淹れ方であるので他の種類の茶葉には適さないが、現在では中国茶芸の主流となっており、他の茶葉も工夫茶で淹れられる。

中国茶はその種類が非常に多く、茶葉によって淹れ方が異なるため、「最も美味しく茶を淹れる方法」や一種のパフォーマンスとして、中国茶芸は発展した。中国においては、漢の時代には飲茶の習慣が根付いていたと考えられているが、嗜好品として広まったために、「道」としての茶道はおこらなかった。そのため、中国で単に「茶道」と言う場合は「日本の茶道」をさす。

朝鮮の茶礼
朝鮮では芸道的な茶道ではなく、儀式としての「茶禮」(タレ)に重点が置かれていた。

記事「茶」の項目、歴史→朝鮮半島参照

茶道に関係する音楽作品
イタ飯 タップ ナビトーチ レザー ひなづる メンド オラト 若き獅子 スイセン お山 シャシー フェタミン ブルージー ハリファ シンガ マニュ チリ バカンス スタバ ピアプ プラス シュード チェス シャトル ブレン プライス ビング 風神雷神 パライパ リンプ フォッ サラバード トシン バンド チロル もうげつ ラザニ ルサロ もみがら プルーフ アップ セクター ハーベ ローション インター ザクロ ブロカ ジェラー モルダビア ファー

『宇治巡り』(地歌・箏曲)
文化文政の頃、京都で活躍した盲人音楽家、松浦検校が作曲した手事(てごと)もの地歌曲。箏の手付は八重崎検校。「喜撰」「雁が音」など、多数の茶の銘を詠み込み四季の順に配列しつつ、春夏秋冬の茶の名産地宇治を巡り歩くという風流な趣向の曲。大曲で二箇所の手事(楽器だけで奏される器楽間奏部)も音楽的に凝ったもので、転調も頻繁に現れ、技術的にもなかなか難しい曲。「松浦の四つ物(四大名曲)」のひとつとされている。
『茶音頭』 (地歌・箏曲)
文化文政時代、京都で活躍した盲人音楽家、菊岡検校が作曲、八重崎検校が箏の手付をした手事もの地歌曲。「茶の湯音頭」と呼ぶ流派もある。「音頭」は本来雅楽用語であり、のち近世邦楽全般において広く使われ、この曲も民謡とは関係ないので注意が必要。俳人横井也有の「女手前」から抜粋した歌詞で、多数の茶道具を詠み込みつつ男女の仲がいつまでも続くよう願った内容。三味線の調弦が「六下がり」という非常に特殊なもので、独特な響きがこの曲独自の雰囲気を作り出しており、歌の節も凝っている一方で手事が長く、八重崎検校の箏手付も巧みで合奏音楽としてもよくできているので、現代でも演奏会でよく取り上げられる曲である。お手前の伴奏として演奏されることもある。
「上方舞」(地唄舞)においても好んで舞われ、いくつかの流派ごとの振り付けがあるが、どれも袱紗を使用したり、茶道の所作をいれたりする
特徴のあるものである。
『宇治茶』(上方歌・端唄・うた沢)

茶道の雑誌
河原書店『茶道雑誌』(表千家)
淡交社『淡交』(裏千家)
淡交社『なごみ』(一般)
三徳庵『茶道の研究』(大日本茶道学会)
宮帯出版社『茶と骨董』(一般)

茶道の博物館
津軽茶道美術館(青森県黒石市)
木村茶道美術館(新潟県柏崎市)
福井市愛宕坂茶道美術館(福井県福井市)
宇野茶道美術館(福井県越前市)
茶道資料館(京都市上京区) - 裏千家
湯木美術館(大阪府大阪市)
赤穂市立田淵記念館(兵庫県赤穂市)
田部美術館(島根県松江市)

関連項目
茶人人物一覧
茶道具
茶室
露地
家元
宗匠

わび・さび
宋胡禄(サワンカローク)
日本庭園
懐石料理
華道
香道
三道
煎茶道
むくげ